下田市教育委員会が7月6日、縄文時代~戦国時代の下田・南伊豆地域の歴史をまとめた「下田市史通史編 上(原始・古代・中世)」を刊行した。これを記念して執筆者による講演会が19日、道の駅開国みなと(下田市外ヶ岡)で開かれ、市内外から約40人が参加した。
「下田市史通史編 上」刊行記念で講演会 縄文~戦国時代の歴史を一冊に - 写真2
下田市は1978(昭和53)年から市史編さん事業に取り組み、これまでに「下田市史 資料編」「図説 下田市史」など6冊を刊行してきた。幕末については通史がまとめられていたが、原始・古代・中世を扱った通史の刊行は今回が初となる。
黒船来航による「開国の地」として知られる下田だが、縄文時代には黒潮の海運を利用して伊豆諸島などと交流していたことが分かっている。地域には数多くの遺跡が残るほか、創業・創建から1000年以上とされる神社や寺院も点在し、古くから人々が暮らしてきた歴史を物語っている。
講演会では、執筆者6人のうち4人が登壇し、それぞれの専門分野について解説した。
原始の下田を担当した下田市文化財保護審議会の外岡龍二会長は、出土した土器などの類似性から、古代に黒潮の流れに乗って移動した人々が、伊豆南部に土器や稲作、宗教などを伝えた可能性を説明。「賀茂」の地名について、「大和国(現在の奈良県)の鴨族の一部が移住し、祭祀(さいし)を伝えたことに由来する」と語った。
古代の下田を執筆した天理大学非常勤講師の岩宮隆司さんは、古墳時代の奈良の豪族と伊豆の関係や伊豆国の成立、中世社会における平氏・源氏との関わりを解説。「伊豆南部は、地元の人だけでなく考古学を学ぶ人にとっても興味深い地域」と話した。
伊豆南部の仏教文化を担当した静岡県スポーツ・文化観光部文化財課の菊池吉修さんは、仏教の伝来経路や仏像について説明。8世紀のものとみられる仏像の一部が発掘されたことから、従来考えられていたより早く仏教が伝わっていた可能性を指摘した。
伊豆の中世を執筆した藤枝市スポーツ・文化観光部文化財課の小川隆司さんは、源頼朝の挙兵や伊勢宗瑞(北条早雲)の伊豆侵攻、北条水軍の拠点となった下田城の落城などを紹介。「下田を含む伊豆国は、中世の始まりと終わりの節目となる出来事に関わった地域」と説明した。
市内から参加した女性からは「下田といえば幕末のイメージだったが、古代や中世にもロマンを感じる」などの感想が聞かれた。
仕様ははA5判625ページ。価格は4,000円。市窓口のほか、道の駅「開国下田みなと」、下田市民文化会館で販売している。