学ぶ・知る

下田の石丁場が「まち遺産」に認定 銀座や横浜の礎となった歴史示す

新たに「下田まち遺産」に認定された石丁場

新たに「下田まち遺産」に認定された石丁場

 下田が「伊豆石」の主要な産地であった歴史を物語る2カ所の石丁場が、新たに「下田まち遺産」に認定され、3月16日、市のウェブサイトで、「敷根山石丁場(東端)」と「大賀茂(桧沢)石丁場」の掲載が始まった。

新たに「下田まち遺産」に認定された石丁場(関連画像4枚)

[広告]

 「下田まち遺産」は、伊豆石やなまこ壁に代表される歴史的建築物や、自然風土、祭りをはじめとする文化行事など、下田にとって大切で、残したいものを登録・認定するもの。市が積極的に保存を図る14件の「登録まち遺産」と、周知を主な目的とした150件以上の「認定まち遺産」があり、今回の2件は後者の認定となる 。市の担当者によると「下田まち遺産への新たな認定は約3年ぶり」だという。

 認定された石丁場はいずれも大規模な採石によって洞窟状となっており、壁面には規則的な掘り跡が鮮明に残り、伊豆半島に現存する石丁場の中でも保存状態が良好であるとされる。

 下田市の石丁場群は、2013(平成25)年に教育委員会が「下田市旧下田町伝統的建造物群保存対策調査報告書」の調査で位置を把握し、2018(平成30)年策定の「下田市歴史風致維持向上計画」でも紹介していた。今回の認定は、市が把握していた石丁場群のうち2カ所を対象に、2022年ごろから民間が追加の現地調査・史料調査を行い、石丁場開拓の歴史的ストーリーが学術的に証明されたことも踏まえて決定された。

 調査の結果、下田の伊豆石となまこ壁の景観成立や石丁場開拓に、黒船来航以降の国際的な技術交流が関わっていたことが判明。下田では神子元島灯台(国指定重要文化財)の建設に伴いイギリス人技術者が、富戸・赤沢・八幡野では横須賀製鉄所・造船所建設に伴いフランス人技術者が採石技術や石造技術を導入した。これが、首都圏の近代採石・石造建築の先駆けとなったことが史料から判明。明治期には、ドイツ人技術者に学んだ日本人地質学者が伊豆の産地調査を進め、横浜外国人居留地の近代化や東京銀座煉瓦街の建設にも下田の伊豆石が供給されていたことが明らかになった。

 敷根山石丁場を所有する雑忠(さいちゅう)一族の鈴木浩之さんは「代々伝わる石丁場に価値があるとは感じていたが、活用方法が分からず何もできずにいた。今回の認定を機に、安全な見学方法なども検討していきたい」と意欲を見せる。

 調査を主導した伊豆石文化探究会の剣持佳季理事長は「伊豆石となまこ壁の景観が、かつての東京や横浜の都市景観に共通するという背景を、実際の石丁場と結び付けて示せるようになった意義は大きい。グローカルシティーを目指す下田では、開国の意義を深くPRするため、引き続き文化財保存活用の面的なストーリーとしても大切にしてほしい」と話す。

エリア一覧
北海道・東北
関東
東京23区
東京・多摩
中部
近畿
中国・四国
九州
海外
セレクト
動画ニュース