
約300年の歴史を持つ老舗旅館「まつざき海浜荘」(松崎町江奈)が7月29日、石田益実さん・喜久さん夫婦から神(こう)健一さんに事業が承継され、物件の引き渡しが行われた。
和室7室を備え、松崎海水浴場にも松崎バスターミナルにも徒歩1分というアクセスの良さと、源泉掛け流し温泉の岩風呂などが人気だった同館。石田さん夫婦が長年切り盛りしてきたが、夫婦共に年齢を重ねたことに加え、喜久さんの体調や手術などが重なり、宿の継続を断念。2024年4月以降は休業の状態が続いていた。
同宿を購入し事業承継することを決めたのは、東京で20年以上の広告代理店勤務を経て、2021年1月に松崎町に移住した神さん。「もともとは豊かな自然への憧れと、おいしい食材を使った飲食店を出店したいという夢を抱いて移住した」と話す神さんは、首都圏の仕事をリモートでこなしつつ、「松崎町移住定住促進協議会」「田んぼを使った花畑実行委員会」「ミズベリング松崎会議」「西伊豆みらい創造協議会」など、さまざまな地域活動に携わってきた。
そうした活動を重ねる中で「この地域のポテンシャルはまだまだ生かせる可能性がある」という気持ちが強くなり、「町の内外の人たちが気軽に何度も訪れ、交流ができる場所が必要」だと考えるようになった。同時に「本当の意味で町の一員になるためには、何かこの土地で事業をやらなければ」という思いも募っていった。そうした中で、行き付けの飲食店の店主から「まつざき海浜荘」が宿を畳むことを耳にしたことをきっかけに、約1年にわたる交渉などを経て事業承継にこぎ着けた。
事業を譲った石田さん夫婦は「江戸時代からつながってきた宿を終わらせてしまうのは心苦しいと思っていた。この町の発展のため、志を持ってまちおこしに取り組んでいる人に引き継いでもらえて良かった」と話す。
同館の今後について、神さんは「宿泊の受け入れだけでなく、町内外の人たちが気軽に集まれるラウンジスペースやコワーキングスペース、誰もが挑戦できるチャレンジキッチンも組み合わせた複合施設にしたい」と話す。その構想を実現するため、今後、1階部分は大規模な改装を行う予定だという。
「この場所から地域を盛り上げつつ、世代交代がスムーズに進むような仕組みも作っていけたら」と話す神さん。「15年後にはこの場所を未来の松崎町を盛り上げる意志のある若い人に引き継ぎたい」と未来を見据える。